最終更新日:2026.02.12

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21歳から20年以上にわたりIT業界に身を置き、エンジニアとしても経営者としても数々の修羅場を経験してきたアイティアスリート株式会社代表取締役の中村学さん。創業当初から続く「いいもの食べよう会」、社内のフリービールサーバー、そして意図的に設計された「気軽に気を遣わず喋る場」。一見ユニークに見えるこれらの制度には、現場でバラバラになりがちなエンジニアたちに「1人じゃない」と感じてもらうための明確な狙いがありました。今回は中村さんに、生き残れるエンジニアの条件や、独自の取り組みについてお話を伺いました。

「社員が7名から100名へ」急拡大の裏で見た、“エンジニアが幸せになれない”組織の限界

――まずは、「社員を幸せにする」というビジョンの背景についてお伺いします。中村さんがこのビジョンを掲げるようになったきっかけは、どのような原体験からきているのでしょうか?

一番直接的なきっかけになったのは、前々職での経験ですね。当時はICTインフラのエンジニアリング事業を行う会社で、まだ社員が7名くらいの小さな組織だった頃に入社しました。「よし、ここから頑張ろう」と意気込んでいたんですが、社長の事業計画と時代の追い風もあって、たった1年で社員数が7名から100名ちょっとまで爆発的に増えたんです 。

――1年で10倍以上ですか!それは凄まじいスピードですね。

今考えるととんでもないですよね(笑)。毎月10人以上が入社してくるような状態でしたから 。気がつけば私も部下が20人くらいになっていました。ただ、組織の体制が追いついていなくて、状況はあまり良くなかったんです。

当時は走り出しの頃で、「とにかく案件があればいい」という感覚で、エンジニアがいろんな場所に派遣されていました。本人がやりたい仕事とは全く違う現場に行かされたり、マッチングもままならない状態で配置されたり…… 。

――数合わせのようなマッチングになってしまっていたんですね。

そうなんです。結局、どんどん人が辞めていきました。「今後のビジョンが全く見えない」という話を聞く中で、「こういう会社にいてもしょうがないよね」という思いが募り、私自身もその会社を辞めることになりました 。

その時に痛感したんです。経営者目線での「会社の拡大」と、「エンジニアとしての幸せ」が合致していなければ、結局エンジニアが割を食ってしまうんだな、と。
もともと会社を作りたいという思いは根底にあったので、それなら「エンジニアが幸せになる会社」を自分で作ろう、それが一番早いだろうと思って立ち上げたのが今の会社です 。

「この中で仕事していきたい人は誰?」リーマンショックで突きつけられた、生き残るエンジニアの条件

――ご自身もエンジニア出身だからこそ、現場の痛みがわかるわけですね。中村さんが思う「エンジニアの幸せ」の根底には、他にどのような経験があるのでしょうか?

私は21歳の頃からこの業界にいて、20年以上やっていますが、ITバブル崩壊やリーマンショック、東日本大震災など、時代の大きな波をいくつも見てきました 。
中でも衝撃的だったのがリーマンショックです。当時、私はある自動車メーカーさんの設計部隊として仕事をしていたんですが、50人くらいいた設計要員が、エンドユーザーさんの資金繰り悪化などのあおりを受けて、一気に20人くらいまで切られたことがありました 。

――半分以上がいなくなってしまったと……。現場は相当な混乱だったのでは?

ええ。その時、現場を統括していた課長さんが私のところに来て、こう質問したんです。「中村さん、この中でこれからも仕事していきたい人って誰かいる?」と 。
私が何も深読みせず率直に「誰々と、誰々ですね」と答えると、「わかった」と言って帰っていかれました。そして2ヶ月後、その名前を挙げた人たち以外、全員いなくなってしまったんです 。

――それはあまりにもリアルで、シビアな話ですね。

辞めていく同僚と最後に食事に行った時のことは鮮明に覚えています。「明日からどうやって生活していけばいいんだろう」と不安を吐露されて……。

彼らの話を聞いていると、「とりあえず仕事をしていればご飯が食べられるから」という感覚で働いていた人が多かったんです。でも、仕事が激減した時には、本当にコアな仕事、コアな人材しか残れません。「好きだからやらせてください」という熱量を持っている人でないと、厳しい時代には淘汰されてしまうんだと目の当たりにしました 。

だからこそ、時代に流されず、生き残れるエンジニアを育てたい。一緒に働く仲間には、エンジニアとして幸せであってほしい。それが私の強い思いなんです 。

「1人で戦わせない」をつくる仕組み──いいもの食べよう会の狙い

――そんな「生き残れるエンジニア」であり続けるために、会社としてどのような仕組みや制度を作られているのでしょうか?

まず大事なのは「仕事をしていて楽しい」と思える環境と、チームワークだと思っています。エンジニアという働き方は現場がバラバラになりがちですが、だからこそ「1人じゃない」という文化を作りたい 。

創業当初、社員が5〜6人の頃から続けているのが「いいもの食べよう会」です。毎月集まって、「今こういう状況だよね」とダラダラ喋りながら美味しいものを食べるだけの会なんですが(笑)、これがあるだけで横のつながりが生まれるんです 。

――あえて「ダラダラ喋る」場を作ることで、相談しやすい関係性ができるんですね。

そうですね。「誰かが困っていたら助け合おう」という土壌を作っておくと、現場が違っても「実はここで困ってるんだよね」「あ、それなら自分はこうだったよ」とナレッジの共有が自然に始まります 。

あと、社内にはフリーのビールサーバーと冷蔵庫を置いていて、業務が終わったらすぐに飲めるようにしています。残業で遅くなった時にはピザを買って食べたりもしますね 。

ちょっとした愚痴をこぼしたり、仕事に関係ない話をしたりする中で、お互いの人となりを知る。そういうタッチポイントを意識的に作ることで、会社全体でエンジニアを支える関係性を築いています 。

「技術だけでは淘汰される」ネットワークエンジニアだからこそ人間力が武器になる

――「関係性」を非常に重視されていますが、それはネットワークエンジニアという職種も関係しているのでしょうか?

物凄く関係しています。ネットワークエンジニアって、実はステークホルダーがすごく多い仕事なんです。

例えばビルを一つ建てるにしても、総務の方、ゼネコンの方、電気屋さん、配線屋さんなど、本当に多種多様な人たちと調整しなければなりません 。

もちろん、一人で黙々と「設定、はい終わり」という仕事の仕方もあります。でも、それだけだと結局「技術だけの代わりが効く人」になってしまい、時代が厳しくなった時に真っ先に淘汰されてしまう 。

――なるほど。技術力があるのは大前提で、さらに「人とつながる力」がないと生き残れないと。

おっしゃる通りです。結局、最後は「人」なんですよね。社内で良好な人間関係を築けない人は、当たり前ですが、社外のお客様とも良い関係は築けません 。

だからこそ、まずは社内でしっかりと接点を持ち、信頼関係を結ぶ練習をする。そうやって「時代に流されない力」を身につけることが、結果としてエンジニア自身の幸せに直結すると信じています 。

未来への挑戦。「マネージャーって面白い」を言語化し、キャリアの地図を描く

――最後に、今後の展望についてお聞かせください。「社員を幸せにする」というビジョンに向けて、今後はどのようなことに取り組んでいかれますか?

今はまだ、「この会社でキャリアを積んだ先に、どうなれるのか」というキャリアビジョンの魅力づけが十分ではないと感じています 。

例えば、「何年経てばマネージャーになれます」「Aさんはこういう仕事をしています」という事実は見せられていますが、それが本当に魅力的に映っているかというと、まだ弱い 。

――確かに、管理職の魅力を伝えるのは難しいですよね。

正直、今の若い人たちにとって「偉くなること」自体にはあまり価値がないことも多いですよね。管理職になると苦労話ばかりが聞こえてきて、「給料は上がるけど大変そう」と思われてしまったり 。

だからこそ、「課長になったら何が良いのか」「部長になったらどんな面白い景色が見えるのか」というメリットや醍醐味を、しっかり言語化して見せていきたいと思っています 。

――なるほど。他にも考えられていることはありますか?

もう一つは、技術的なプロセスの整備ですね。今は各チームがフルスクラッチで対応している部分が多いので、ここを標準化して、「何をどう習得すればベテランと同じことができるのか」という成長のステップを見える化したい 。

「人としての魅力的なキャリア」と「プロとしての具体的な技術ステップ」。この両輪を整備して、エンジニアが迷いなく成長できる環境を作っていくのが、これからの私の役割だと思っています 。

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